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東京高等裁判所 昭和47年(ラ)490号 決定 1972年8月30日

抗告人 大山寿

相手方 海老沢正司 外一名

主文

一、原決定中抗告人と相手方海老沢正司とに関する部分を取り消す。

抗告人において相手方海老沢正司に対し、一五万円の保証をたてることを条件として、左記の仮処分を命ずる。相手方海老沢正司は、別紙目録記載の土地に対し、譲渡、質権、抵当権、賃借権等の設定その他一切の処分をしてはならない。

抗告人のその余の申請を却下する。

二、抗告人の本件抗告中、原決定の抗告人と相手方松山與作とに関する部分の取消しを求める部分を棄却する。

理由

一、抗告人の抗告の趣旨及びその理由は、別紙記載のとおりである。

二、(債務名義の存在と仮処分の必要性の有無)係争物に関する仮処分は、将来の強制執行を保全することにより、権利の実現を期するものであるから、その保全の必要は、将来の強制執行を不能又は困難ならしむべき危険の防止もしくは除去の必要ということになる。従つて債権者においてすでに債務名義を有する場合には、原則として強制執行が可能であるから、もはや仮処分の必要はないものといわなければならない。ところが、右債務名義が成立しても、その内容上又はその他の事情により遅滞なくこれに基づく執行に着手することができず、右執行着手までに相当長期の日時を要する場合には、その間に将来の執行不能又は困難を惹起する危険が発生する余地とこれを除去、防止する必要が生じるから、この場合には、保全の必要はないということはできない。抗告人の主張する被保全権利である本登記手続請求権、本件土地引渡請求権及び本登記手続の承諾請求権について抗告人と相手方らの間に確定判決の存することは、抗告人の自認するところであるが、本件記録によれば、右債務名義の内容は、いずれも農地法第五条による千葉県知事の許可を条件とするものであり、本件土地は都市計画法第七条第三項所定の市街化調整区域内の農地であるから、その条件が成就して執行が可能となるまでには相当の日時を要するものと認められるから、抗告人がすでに債務名義を有するからといつて、本件仮処分の保全の必要性がないものということはできない。

なお、市街化調整区域は、市街化を抑制すべき区域であるけれども(都市計画法第七条第三項)、同地区内の農地は、すべてその転用の許可が得られないというものではないから、本件土地が同地区内に存するからというだけでは、千葉県知事の転用許可の条件成就の蓋然性が極めて少いものということはできない。

三、そこで本件仮処分申請の当否について判断する。

(一)  抗告人主張の被保全権利(原決定の理由中「申請の理由1、2」摘示)の存在は、本件記録により認めることができる。

(二)  次いで保全の必要性について検討する。

1  相手方海老沢に対する本件土地の処分禁止の仮処分(申請の趣旨2)の必要性

抗告人は、相手方海老沢に対し、本件土地について本件仮登記に基づく所有権移転本登記手続をなすべき旨の確定判決を有するけれども、右債務名義は農地法第五条による千葉県知事の許可を条件とするものであること、そして本件土地が市街化調整区域内の土地であることは、前認定のとおりであつて、右条件が成就して、右債務名義に基づいて強制執行に着手しうるには、相当の日時を要するものと考えられる。他方本件記録によれば、相手方海老沢は、抗告人との間の訴訟係属中にも本件土地に申請外平山成子を権利者とする千葉地方法務局佐倉支局昭和四六年一一月一一日受付第二四、五九五号所有権移転請求権仮登記を付しており、又今後も本件土地の譲渡または抵当権の設定などをするおそれのあることが認められる。従つて将来の執行を保全するため、前記仮処分の必要があるものといわなければならない。

2  相手方海老沢に対する本件土地の現状維持の仮処分(申請の趣旨1)の必要性

抗告人は、相手方海老沢との間において、同人が本件土地を抗告人に引渡すべき旨の確定判決を有することは、抗告人の自認するところである。従つて相手方が将来本件土地の占有を第三者に移転することがあつても、右第三者は、口頭弁論終結後の承継人に該当し、抗告人は、右債務名義に基づいて強制執行をするに際しては、承継執行文の付与を受けて当然右第三者に対して本件土地の引渡しの執行をなしうるから、前記現状維持の仮処分の必要はないものといわなければならない。又全疎明によるも本件事案においては相手方自身に本件土地の現状を変更することを禁ずる旨の仮処分を発布する必要も認められない。

3  相手方松山に対する本件土地について同人を権利者とする条件付所有権移転仮登記に基づく売買禁止並びに同停止条件付所有権の譲渡等の処分禁止の仮処分(申請の趣旨3)の必要性

右本件土地についての相手方を権利者とする条件付所有権移転仮登記に基づく売買禁止の仮処分とは、要するに右仮登記に基づく所有権移転本登記手続禁止の仮処分を求める趣旨と解せられる。しかしながら抗告人は、相手方松山との間において、同人は、抗告人に対し、本件土地につき本件仮登記に基づいてなす所有権移転本登記手続を承諾すべき旨の確定判決を有することは、抗告人の自認するところであるから、相手方松山が前記仮登記に基づき所有権移転本登記を経由しても、前記債務名義に基づいて、又相手方松山が前記停止条件付所有権を第三者に譲渡等の処分をして、その旨の付記登記をなしても、当然口頭弁論終結後の承継人として承継執行文の付与を受けて右第三者に強制執行をなしうるから、抗告人申請の前記仮処分の必要はないものといわねばならない。

4  以上の次第であるから、本件仮処分の申請中、相手方海老沢に対する本件土地の処分禁止の仮処分は、その必要があるが、その余の仮処分については、その保全の必要性がないものといわねばならない。

四、従つて抗告人の本件仮処分申請は、相手方海老沢に対する本件土地の処分禁止の仮処分を求める部分は、相当であつて、これを認容すべく、その余の申請は、理由がないから棄却すべきである。

よつて右と判断を異にする原決定は、その限度においてこれを取り消すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判官 石田哲一 小林定人 関口文吉)

(別紙)

抗告の趣旨

一、原決定はこれを取消す。

二、相手方海老沢正司の千葉県佐倉市臼井字中円能一九八八番三 田二三一平方メートル(以下本件土地という)に対する占有を解いて抗告人の委任した千葉地方裁判所執行官にその保管を命ずる。執行官はその現状を変更しないことを条件として同相手方にその使用を許さなければならない。

ただしこの場合においては執行官はその保管にかかることを公示するため適当の方法をとるべく、同相手方はこの占有を他人に移転しまたは占有名義を変更してはならない。

三、相手方海老沢正司はその所有名義の本件土地に対して譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分をしてはならない。

四、相手方松山與作は本件土地に対して千葉地方法務局佐倉支局昭和四六年一月一九日受付第八九二号原因昭和四六年一月一八日売買(条件農地法第五条の許可)なる条件付所有権移転登記に基づく売買をしてはならない。ならびに同停止条件付所有権の譲渡その他一切の処分をしてはならない。

五、申請費用は一審、二審共相手方らの負担とする。

抗告の理由

一、本件仮処分申請は、抗告人から相手方らに対する葛飾簡易裁判所昭和四六年(ハ)第八四一号所有権移転登記手続等請求事件の確定判決に基づく請求権を被保全権利とするものである。

そして、原決定の判断では、判決が確定している以上もはや権利義務関係は確定しているから被保全権利は存在しないと述べている。

二、しかしながら、係争物に関する仮処分において、被保全権利が未確定か確定しているかは、仮処分の必要性を判断する基準の重要な一つとはなるが、被保全権利が未確定の権利に限られるものではないのであり、原決定の判断は不当である。

三、また原決定の判断では、確定判決がある以上仮処分の必要性もないと述べているが不当である。

すなわち、本件仮処分における被保全権利は確定判決に基づく請求権であるが、右請求権の内容は、抗告人の仮登記に基づく本登記手続請求権並びに本件土地引渡請求権であつて、右両請求権共に、農地法第五条による農地転用許可を条件とするものである。而して、抗告人は本件土地を宅地用に買い求めたのであるが、本件土地が都市計画法第七条第三項に基づく、市街化調整区域に該当しているため、右農地転用許可が下りる可能性は全くなく、抗告人の右確定判決に基づく即時の執行は不可能であり、本件土地が市街化区域になつて執行できるようになるまでには少なくとも三~四年はかかる見込みである。

しかも、相手方海老沢正司は本案訴訟係属中である昭和四六年一一月一一日付で本件土地につき平山成子に対して所有権移転請求権仮登記を付けており、昭和四一年頃長男ひろゆきが交通事故を起して以来多数の債権者から多額の借金をしており、しかも現在目ぼしい財産としては本件土地しかないので、本件土地を担保に入れて第三者から借金をする危険大である。

また、相手方松山與作は相手方海老沢に対して約金六〇万円の貸金を有しており、右債権保全のため仮登記上の権利を第三者に譲渡する危険大である。

以上の理由から仮処分の必要性があるにも拘らず原裁判所が本件仮処分申請を却下したのは不当であるから、抗告をなす次第である。

別紙 物件目録<省略>

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